Salvador'sCabintrival_dragon_red.gif

 

はじめに

登場人物および地名

序章 イリアステームの杖

(1)(2)

第一章 少年戦士

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

第二章 空中庭園

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)      

第三章 邪悪なるもの

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)                 

第四章 七惑星の巫女

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)(19)

(20)(21)          

終章 記憶の底

 (1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

おわりに

→Home    →小説    →作者について    →写真館    →リンク

小説「七惑星の記憶」

 

終章 記憶の底

 

(8)

 

 マルドックは手綱を緩め、幌馬車を引く小さな馬の惰性に任せた。

 すでに夕暮れ時である。空にはいくつかの星が瞬き始めていた。

 アリア-サンの町が見え始めた頃から、マルドックは街道に生暖かい風が漂うのを感じていた。

 それは、アリア-サンを取り囲む広大な魔法結界から流れ出る湿気であった。その結界は、“磁力の障壁”と呼ばれるものである。

 魔法結界の構築を行っていたのは、マルドックが召喚し、この地に派遣した13体のチャロンである。闇の眷属であるチャロンが活動できるのは、日が暮れてから夜が明けるまでであるが、人に見つかる心配のない時間帯なので、密かに事を進めるには都合がよかった。

 “磁力の障壁”は、主に金属の武器と鎧を装備した兵士を遮断する為に用いられる結界である。

 磁力は、極の均衡を保つと無効になる。チャロン達はこの特性を活かし、町の人々に全く気付かれる事のないまま、数か月前から結界の構築を進めていたのである。

 ただ、磁力には少しずつ周辺の有機物を分解する作用があり、その結果発生するガスの中に水蒸気が含まれる。それが、街道に漂う湿気の正体であった。

 

 チャロンの1体が、マルドックの幌馬車に近づいてきた。主人である彼に結界が完成した事を報告する為である。

 しかし、チャロンが主人に触れようとした瞬間、マルドックの手から雷撃が発射され、一瞬にしてチャロンは消滅した。

 マルドックは自分のした事を、灰になり砕け散ったチャロンの姿を見てから知った。

 突然襲われた恐怖により、無意識に攻撃してしまったのである。

 恐怖は人を支配する為の最も単純、かつ効果的な道具である。無害なものにも恐怖を感じるようになったとき、すでに肉体は自らの意思ではなく、悪意を持った何者かに制御されているという事だ。

 何十年もの間、マルドックに恐怖を浴びせ続けた魔人の狙いはそこにあったのだと、彼は今更ながらに理解した。

 魔人の悪意により、マルドックの精神は瓦解しようとしている。

 通常の人間は精神を病に冒されたとき、肉体にも様々な変化が起き、行動が制限されるものである。しかし、マルドックにはそれがない。魔人との契約により、肉体は青年時代の若さを保っているのだ。

 精神が消滅しても、肉体は残る・・・。

 その結果生まれるのは、狂戦士である。伝説の狂戦士は、五体が裂けて行動が不能になるまで破壊を続けるとされる。

 マルドックはすでに痛みを感じなくなっている。視野も狭まり、動くものは全て脅威であると感じるようになった。狂戦士へ変貌を遂げる条件は整いつつあるようだった。

『あと少し・・・もってくれ・・・』

 今日、結界は完成した。間もなくテームは出現する。それまででよいのだ。

 

 惰性で進んでいた馬が足を止めた。

 マルドックは身構えた。何かが幌馬車の前に居るのだ。

 彼は転がるように幌馬車から降りた。同時に、御者台の背面に挟んでいた手斧を抜き取る。

 そのとき、声を聞いた。

「お前は、マルドックかの?」

 マルドックは、それを夢の中の出来事のように感じた。

 その声の響きを・・・聞いた記憶がある。

「なぜ答えぬのじゃ? 分からんのも無理は無いがのう。」

『ネポ・・・か?』

 その瞬間、恐怖が全身を襲った。

『そんな者がここに居るはずはない。罠だ・・・』

「わしはネポじゃよ。どうした? こっちへ来ぬか? わしは目が見えぬのじゃ。」

 街道に、ぼろ布の塊のようなものが、もそもそと動いていた。

 マルドックは混乱した。このぼろ布から発せられる老人の声は、確かにかつて共に暮らしたネポという男の声を思い出させた。

 幼少期、ネポは家族だった。あのときに還りたい。あのときに戻って、やり直したい・・・。

 しかし、恐怖に支配された肉体は、マルドックの意思に関係なく、手斧を後ろ手に持ち、ゆっくりと馬の前に進み出る。

『やめろ! 止まれ!』

 マルドックは、自分自身に叫んだ。恐怖によりすでに声を発する事すらできない。

「おお、まさにマルドック。」

 ぼろ布から右手が出た。その手を挙げ、よろよろと近づいてくる。

『なぜ、左手を隠している?』

 マルドックの戦士としての本能が、ネポの不自然な動きに警鐘を鳴らした。

 ネポはふらつきながらも、なぜかマルドックの右側に回り込もうとしているのだ。

 しかも、左手を常にマルドックから遠ざけている・・・。

 ネポは何かを狙っている。しかし、何を仕掛けようとも、マルドックに手出しできるはずもなかった。

 相手はすでに70を過ぎた老人。自分は20代の肉体を持つ戦士である。

『よせ! 近づくな!・・・殺したくない!』

 意思と、恐怖が肉体を奪い合っていた。

 一瞬だけ意思の力が勝り、彼の足は止まった。

「どうしたのじゃ。何をおびえておる? わしは・・・」

 ネポは近づいてくる。

 マルドックは、後ろ手に持っていた手斧を振り上げた。

 しかし、ネポはまだ歩みを止めない。目が見えないのだ。

 ネポは、マルドックの攻撃範囲に入った。

 ネポの左手はまだ後ろにある。それは警戒するべき事だが、マルドックの肉体はすでに意思とは別のところにあった。動くもの、近づくものは全て脅威として、破壊するのだ。

 マルドックは手斧を持つ右手を振り下ろした。

 ザクッ!という感触があった。

 手斧の刃は、ネポの左肩に食い込んでいた。

 そして・・・ネポの左手は、斧を持つマルドックの腕を掴んでいた。

 これが、マルドックの最期の記憶である。

 

 ネポは生きていた。

 マルドックが振り下ろした手斧は肩に食い込んだが、致命傷にはならなかった。ボロ布の下に装着していた鎖かたびらが攻撃を防いだのだ。

 ネポは相手の腕を左手で掴んだ。非力な老人でも、それはできる。

 掴んだマルドックの右腕には、ネポの左手に装着した籠手から生えた爪が食い込んだ。

 致死性の猛毒は、マルドックの体内に注入されたはずだ。

 マルドックは、ネポの前で両膝をつき、前のめりに倒れた。

「これでよかったのじゃ。マルドックよ・・・。」

 ネポは労わるように声を掛けた。マルドックにはまだ息がある。

「うぬ?」

 ネポが使用した猛毒は、体内に入ると即座に気管を収縮させる作用がある。

 しかし、彼の耳には徐々に大きくなるマルドックの荒い息遣いが聞こえるのだ。

「お前も耐性を持っておったか・・・?」

 マルドックは、上半身を起こした。そして、膝をガタガタと震わせながら、立ち上がろうとして、また倒れた。

 ネポは、今度は籠手でマルドックの首を後ろから掴んだ。

「グエエエッ!」

 マルドックは口から血を吐き、両手で籠手を掴むと身体をねじった。

 ネポの身体は弾き飛ばされ、街道に転がった。

 衝撃で遠のく意識を呼び戻し、ネポは耳を澄ませた。

 鼓動が聞こえる。マルドックは確かに生きていた。しかし、それは人間以外のモノとして、だった。

 

 

→NEXT