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はじめに

登場人物および地名

序章 イリアステームの杖

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第一章 少年戦士

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

第二章 空中庭園

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)      

第三章 邪悪なるもの

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)                 

第四章 七惑星の巫女

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)(19)

(20)(21)          

終章 記憶の底

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(7)(8)(9)(10)(11)

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おわりに

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小説「七惑星の記憶」

 

終章 記憶の底

 

(10)

 

「ここからの話に確証はない。だが、状況から察するに・・・ディンギルと呼ばれる神の一族についての一切は、古代文明の初期――神話が創られた時代に隠蔽されたと考えざるを得ない。」

「隠蔽・・・?」

「そうだ。エルフが古代文明の創成期について明言を避けておるのは、何らかの理由でその時期の出来事を詳しく話せないのだと思う。

 その謎を解く鍵は、創成神話にある。

 思い出すがよい。あの一節はこうだ。

 “我が家系代々魔力を操りて、七惑星の神々に仕え天の宮に住みしが、ある時邪悪なるもの逃げ去りて、この地上に下りたり。我が祖先神々の命を受け、この邪悪なるもの滅ぼさんと地上に降りたるが、地上すなわち天の宮と違いて時の流れ早きものなれば、命の火たちまち燃え尽き、一代をもってこれを滅ぼせじと悟り、我が祖先地上に根を下ろし代々その意思を伝うものなり。”

 この神話は、あちこちの古代遺跡に記されている。ここで気づかねばならぬのは、何かを繰り返し主張するという行為は、人が真実を伝えたいときの行動ではなく、隠したい事があったり、自分の意見を通したいと考えたときに取る行動であるという事だ。

 また、仮に神話の書き手が真実の歴史を知っていたとして、先祖の失敗や過ちを正直に書こうとするだろうか。特に神話の記述に権力者の意向が働いているときは、歴史や神話はその権力者を正当化したものでなければならない。そうでなければ書き手の首が飛ぶだろう。

 我々はそれらを頭において、今に伝わる神話を読む必要がある。

 この神話は、魔法民族の先祖が七惑星神の使徒であると述べている事は前に話したな。

 魔法の力が最も強い者こそ、神の使徒の血が最も濃い、神聖なる者である事の根拠だ。

 つまり、王朝の神格化を行っておるのだな。

 それは必ずしも悪い事ではない。国の支配を強固にするには、支配者が神であると人民に信じさせた方が都合がよいのだ。結果的にそれは王国の平和にも繋がる。古代にはよく行われていた事だ。

 だが、その祖先たる神々が、ディンギルではなく、七惑星の神々とされているのはどういう事だろうか。

 七惑星神の元に旅立ち、一度帰還したティアマトは、七惑星神は人格を持つ神ではなく、自然神だと言った。(※1)

 自然神とは、わしらの名前にもなっておる万物に宿るモノだ。わしらの祖先が洞窟に暮らしておった頃から持っておった素朴な自然信仰の神、精霊とも呼ばれる神々だ。

 エルフによると、ディンギルは魔法民族の祖先にルヒューと呼ばれる魔力を与えた。魔法民族はその力を七惑星魔法と呼ぶ。

 ルヒューとは地上に降り注ぐ七惑星の力を根源としている魔力だ。それを人類が理解する為には、以前から存在した自然神である七惑星の神々になぞらえる必要があったのだろう。

 そこまでは分かる。だがなぜ、神話ではそんな自然神にわざわざ人格を持たせておるのだろうか。

 それに、地上に降りたった神の使徒が、『天の宮と違いて時の流れ早きものなれば、命の火たちまち燃え尽き』などと、天界に住むときは不老不死の存在が地上では寿命を持つ事をことさらに強調している点にも、何か言い訳がましい違和感を覚える。神格化だけを目的とするのであれば、単に先祖が神の血を引く、とすればいいだけだからの。

 だが、神話が何かを隠していると疑ってみると、謎が解ける。

 つまり、人格を持ち、命の火が永遠に燃え尽きない神の使徒が地上に実在しておったのだ。その存在を隠すために、彼らは七惑星神の意思によって地上に遣わされた使徒であったが、ここでは長く生きられなかった事にしたのだ。そして、遺伝的に七惑星魔法を使う自分たちこそがその直系の子孫だと宣言したのだな。」

「その実在した使徒とは・・・ディンギルですよね。」ラハムが言った。

「そうだとも。つまり、この神話は、ディンギルの存在を隠すために必死なのだ。」

「なぜ、隠す必要があるのでしょうか・・・。」

「それはな・・・。」ヌディンムトは、悲しそうな表情をさらに深めた。「打ち斃してしまったのだよ。」

「え? 何を?」フーレイである。

「ディンギルをだ。どのように実行したのかは判らぬ。また、人間の死にあたるものがディンギル神族にあるのかどうかも伝えられてはおらぬ。

 とにかく、魔法民族の祖先は、共存しておったであろうディンギルの一族を排除し、その後に王国の支配者に納まったのだ。」

「・・・なぜ、そんな事を?」

「自らを神格化しようとしたとき、その横に本物の神が闊歩していたのでは都合が悪いのだよ。人類の歴史を見れば、やりそうな事だ。」

「そんな・・・魔法文明を興せたのはディンギルのおかげなんだろ? ひど過ぎるんじゃないの。」

「確かにひどい。そんな歴史を子孫に伝えたくないし、消し去りたいと思うのが心情だ。

 だが、ディンギルの存在はその当時の民衆には周知の事実だったと推測される。突如としてその存在を消し去り、後継者となれば、疑いの目が持たれ、その疑いが伝承される怖れがある。

 その対策としてできたのが、この巧妙で、いびつな神話なのだ。

 “空中庭園”の存在は、それを裏付ける。

 人間の歴史を塗り替えるのは簡単だ。人間は50年もすればすっかり入れ替わる存在だからの。歴史は遺伝的に記憶されるものではなく、人から人へ伝えられるものだ。伝える内容をねつ造してしまえば、歴史は塗り替わる。だが、永遠の寿命を持ち、1000年前の出来事を昨日の事のように語る者がいたとしたら・・・どうだ?」

「困るでしょうね・・・それは、エルフですね?」

「そうだ。人類の犯した罪を、エルフ達は冷ややかな目で見ておった事だろう。そして、そのエルフ達は罪を犯した者どもが死んでも生き続ける。

 エルフに対し、何らかの手を打つ必要があったのだ。

 “空中庭園”は古代文明の頃、その名の通り空中に浮かぶ島だったようだ。それは魔法民族が建設したものであったという。わしにはその目的がエルフの隔離であったとしか思えぬ。

 人間の世界に居るエルフは、何らかの抗争で敗れ、エルフの国――妖精の世界から追い出された一族だ。本来、野蛮な人間と地上に同居する事は嫌っておる。そして、故郷に帰還したいと願っておるのだ。

 おそらく、魔法民族の祖先はエルフ達を故郷に帰還させる事を約束する代わりに、ディンギルを排除した顛末を口外しないという契約をエルフ達と結んだのだろう。

 契約を履行するまでの間、故郷へ運ぶ箱舟として“空中庭園”を造り、そこにエルフ達を集めた。エルフ達は人間や外敵の居ないその世界を受け入れたのだな。

 エルフは今でも創成期の出来事だけは語ろうとしない。

 魔法文明発祥時の秘密は完全に守られる事になったのだ。

 “最後の王”は、王国崩壊の直前、“空中庭園”をエルフの国へ移したという。(※2)“最後の王”が真の歴史を知っておったかどうかは分からぬが、最後に王族が果たすべき契約を守ったという事なのだろう。」

「でも、私には魔法民族こそが“邪悪なるもの”に感じます。」ラハムが言った。「“邪悪なるもの”を滅ぼすべき、という我々と同じ記憶を持った先祖の行為とは思えません。」

「残念だが人類はディンギルが思ったより愚かだったのだ。人は、ディンギルが遺した“邪悪なるもの”の真の意味を理解できなかった。

 人類が理解する“邪悪”は、“神聖”の裏返しに過ぎない。

 人類にとって“神聖なるもの”とは、自らが正当化した結果としての正義だ。その裏にある“邪悪なるもの”とはその正義に反するものに過ぎず、そこには誰もが認める絶対性は無い。

 おそらくはディンギルを斃したときも、『王朝を神格化して国を治め、千年の王国を建てる』という正義が彼らにはあったはずだ。

 それは人類の知性の限界なのだろうか。将来、人類はそれを乗り越える事ができるのだろうか・・・わしにも分からぬな。」

 

『そうか・・・父たる神を、斃してしまったからか・・・』

 ネルガルはまどろみの中で、ディンギルという言葉に同居する“うしろめたさ”の正体が理解できた。

『何だ?』

 そのとき、ネルガルは地響きを伴う揺れを感じたのだ。

 続いて洞窟の奥から爆発音が響く。

「イナンナ!」

 ネルガルは飛び起き、洞窟の奥へ駆け出した。

 

 

※1 第四章(7)参照

※2 第二章(15)参照

 

 

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