小説「七惑星の記憶」
第四章 七惑星の巫女
(13)
作戦は、決行された。
下の階層に続く通路は一本道である。
先頭は闇で目が利くアルカリンクウェル。ラフムとラハムが続き、ヌディンムトはその後ろで杖の先に魔法の光を灯している。そして、最後尾はシャマシュであった。
昨日まで何重にも張られていた障壁は全て解除されており、ヌディンムトの予想通り、ここでは敵と遭遇しなかった。
一階層下った後、迷宮は分かれ道にさしかかった。
事前の取り決め通り、シャマシュ、ラフム、ラハムは一階層下の洞窟へ向かった。
伝令役のアルカリンクウェルは、少し離れてシャマシュ達の後を追い、シャマシュが魔人の洞窟に入るのを見届けた後、ヌディンムトにそれを知らせに戻る手はずとなっていた。
ヌディンムトは一人、この階層の留まり、魔人の洞窟の天井を打ち抜く準備に取り掛かる。
一同は無言で別れた。それぞれの想いを秘め、戦いに挑むのだ。
ヌディンムトはアルカリンクウェルが洞窟の暗闇に消えたのを見届けた後、革袋から小石を3個取り出し、床に並べた。
ヌディンムトが呪文を唱えると、小石は振動を始め、むくむくと巨大化し、人の形を形成し始めた。
小石はヌディンムトの背丈の1.5倍ほどまで成長し、3体のストーン・ゴーレムが完成した。
かりそめの命を吹き込まれた“石の召使い”は、ぎこちなく主人であるヌディンムトにお辞儀をし、指令を待った。
ゴーレムの知能は低く、一度に3単語までの指令しか理解しない。しかし、正しく指令を与えれば主人の期待を裏切る事はなく、剣や魔法が効かない石の身体を持ち、見かけによらず敏捷なゴーレムは心強い護衛だった。
ヌディンムトは2体のゴーレムに前を、1体に後を護られ、目的の天井裏へ移動を開始した。
途中、徘徊するダークストーカー4人組に遭遇したが、ゴーレム達は強烈な体当たりと石の拳によるパンチで敵を撃退した。
その後は敵に邪魔されることなく、ヌディンムトは目的地へ到着した。
そこは、杖の明かりに照らされて赤褐色に光る床が目を引く場所だった。
赤褐色の床は鉄分を含んだ石灰岩の地層が露出している為で、染み出した地下水による長年の浸食により、岩盤が薄くなっているのだ。40年程度で厚みは変わらないが、補強工事などはされておらず、以前訪れた時と状態は変わっていなかった。
ヌディンムトはゴーレムに通路を封鎖するように命じた。
2体のゴーレムは身体を変化させ、まさに石の壁となった。通路の前後は封鎖され、安全な空間を形成した。
最後に残ったゴーレムには迷宮の壁と同化するように命じ、ゴーレムと迷宮の壁のわずかな隙間に作戦の切り札である2つの水晶玉を保管した。
こうしておけば見た目は迷宮の壁に過ぎない。仮にまやかしである事を見破られたとしても、ゴーレムを斃さなければ水晶玉は手に入らない仕組みだ。
次にヌディンムトは小瓶を取り出し、厳重に封印された粘土の蓋を取り外した。
瓶から刺激臭が放たれる。これは強力な酸なのだ。
ヌディンムトは長い呪文を唱えながら、小瓶の中身を赤褐色の床に撒いた。
瓶の中で圧縮されていた酸は、効果を増しながら床に浸透し始めた。しばらくすれば床の強度は弱まっていき、次に召喚するジャイアントの一撃で崩れ去るだろう。
床の破壊は、アルカリンクウェルからの状況報告を受けた後に行う計画である。
大きなアクシデントもなく、計画がここまで進んだことでヌディンムトはひと息ついた。
ヌディンムトが静まり返った迷宮の片隅に腰を下ろすと、出発前の出来事が頭をよぎった。
『あれで、よかったのだろうか?』
ラハムの事である。
ラハムが『この戦いで死ぬべきかどうか』という質問をヌディンムトにぶつけた時、知りたいのはその事だけではない事は明白だった。その目は、師匠に対する疑問と渇望に満ちていたのだ。
ヌディンムトはラハムから批判的な意識を感じ取った。それは、ラハムに対して負い目があった為に感じてしまったのかも知れない。
その負い目とは、ラフムとラハムを旅立たせた“本当の理由”を、隠していたという事だ。
ラフムとラハムの兄弟は顔貌から双生児である事は間違いないが、ラフムが双子の兄でラハムが弟であるという事は、ヌディンムトにも真実かどうかは分からない。
幼子のときからラハムはラフムを兄として扱っていた、という事実があるだけなのだ。
ヌディンムトはそこから、ある仮説を立てていた。
それは、自分たちの出生はやはり人からである、という説だった。マルドックが主張する“奈落の門=テーム”が、我々を生み出したとする説に対して、明確な反証を得たいと考えたのだ。
仮にテームが我々を生み出した場合、“双子の兄弟”という概念はなぜ二人の記憶にあるのか、という疑問が生じる。双子の兄と弟は肉体的に明確な違いがあるわけではなく、母の腹から生まれ出た順番で決まるもので、誰かに教えられなければ本人達は知覚する事はできない。
つまり、その概念を持っているという事自体が、『以前、母がいた。』という事を示していると考えられるのだ。
ヌディンムトは、その確証を得る為、二人を旅立たせた。
目的地のグリヌフスは、11年前に“奈落の門”に滅ぼされた町である。幼いラフムとラハムはその年にヌディンムトの元を訪れた。
二人に旅の目的を隠していたのは、その旅で証明される仮説がもし真実なら、そこから得られる出生の秘密は残酷な事実だからだ。
『しかし、いずれ話さねばならぬ。』
ヌディンムトはそう考えていた。しかし、それは今ではない。
その上で、ラハムの批判的な問いかけに対して何か言葉を返す必要があった。
ヌディンムトは、自らが選択に迷った時に指標としている、次の短い言葉を弟子に与えた。
『自らの“記憶の底”に従え。』
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