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はじめに

登場人物および地名

序章 イリアステームの杖

(1)(2)

第一章 少年戦士

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

第二章 空中庭園

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)      

第三章 邪悪なるもの

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)                 

第四章 七惑星の巫女

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)(19)

(20)(21)           

終章 記憶の底

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

おわりに

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小説「七惑星の記憶」

 

第三章 邪悪なるもの

 

(9)

 

 谷間の急流に沿って続く山道を、幌馬車はゆっくりと進んでいた。

 御者は、茶色の古ぼけたマントをはおり、麦わらを編んだ粗末な帽子を深くかぶっている。豪商と呼ばれる商人の中には、兵を雇って護衛に付けている者もいるが、この時代の流通を細々と担うほとんどの行商人はこのような姿で、命懸けで辺境を行き来するのだ。

 御者は、谷川の切り立った崖の淵を削って作られた細い道に怯え、なかなか進もうとしない馬の尻に鞭を振るった。ロバのように背の低い栗毛の馬は、不満そうにブルブルッと嘶くと、足を踏み出した。

 幌馬車の行先は、川の上流にある小さな集落である。

 そこへ続く道は、谷間の一本道だけだった。集落の住民は、そこにいくつもの関所を設けていた。

 関所には木で組まれた櫓が立っていた。幌馬車は、その櫓で一本道を監視する番兵に捕捉されていた。その事はすぐに狼煙によって村まで届けられたが、商人のものと思われる馬車は脅威とは考えられなかった為、関所の番兵は人員を増強することもなく、検問を行う事にした。

 馬車が崖の道を無事に渡りきり、関所に近づくと、二人の番兵が出てきた。

 一人の番兵は槍を持った手を広げて、停止を促した。もう一人は少し離れたところで様子を見ている。

 御者は手綱を引き、馬車を止めた。馬は再び不満そうに嘶いた。

 番兵は御者に近づいてきた。

「通行証か身分証。」番兵は横柄に聞いた。

御者は懐から羊皮紙を取り出し、番兵に渡した。

 番兵は目を疑った。羊皮紙には、向かい合う二頭のグリフォンとそれを取り囲むウロボロスの絵が描かれていただけだったのだ。

「貴様、何者だ?」番兵は、じろりと御者を見た。

 御者は、マントの隙間から木の杖を突き出していた。番兵は驚き、槍を構えようとしたが、それより一瞬早く、杖の先端が光った。

 御者は、ゆっくりと杖をマントにしまい込み、代わりに右手を差し出した。

 番兵は御者の掌を見つめ、それが何を意味しているのか分からずに頭を掻いた。

「身分証を、返してくれますかな。」御者は静かに言った。

「あ、ああそうか。」番兵はその言葉に従った。「では、荷を検めさせてもらおう。」

 御者は馬車を降り、後ろに回ると、幌に巻かれた縄を解いた。

 番兵が薄暗い幌の中を覗くと、何故か中はひんやりとしていた。番兵はその中に、いろいろな商品に混じって、毛布に包まれた大きな箱がある事に気づいた。

「何だこれは?」

 番兵は馬車に入ろうとしたが、背中に何かが触ったので振り向いた。

 それはまたしても御者の持つ杖の先だった。その杖の先が光る。

 番兵は中空を眺め、棒立ちになった。

 御者は、幌の縄を縛り始めた。「もうよろしいですな。」

 番兵は、頭を掻いた。「そ、そうだな。」

 御者は馬に鞭を入れ、腑に落ちない表情の番兵を後にした。

 その先に居たもう一人の番兵の側を通り過ぎる際も、御者は同じように杖の先を一瞬差し出しただけだった。

 

 麦わら帽子のひさしの奥に光る目は、赤く濁っていた。

 マルドックは“東の大雪山”での戦いの後、山を降りたその足で、近くの町に立ち寄り、馬車と行商人の装束一式を調達した。行商人の姿になると、アルカリンクウェルの手紙に示されていた村に向かった。

 その村落は“東の大雪山”の北に位置する辺境の地にあった。

 マルドックはイリアステームの“忘却の魔法”を駆使して村を護る全ての関所を一滴の血も流さずに通過し、村の入り口に到着した

 “忘却の魔法”の発動呪文は、イリアスがマルドックにその杖を与えたとき、彼の記憶に注入されていたのである。

 “東の大雪山”での戦いから、ふた月が経っていた。

 

 村には、整備された水路と小規模な農耕地が広がっていた。また、家屋はどの家も木の柱と土の壁を組み合わせて作られた質素なものだった。マルドックが馬車を巡らせても、物資を求めて住民が集まる事は無い。住民達はここで自給自足の暮らしをしているのだろう。

 子供の一群が、馬車の後ろについてきた。

 子供たちは4人いた。みな一様に痩せていて、麻でできた粗末な服を着ており、裸足だった。

 マルドックは、馬車を止めた。子供の一群も一定の距離を取り、止まった。

 マルドックは、幌の中から小さな壷を一つ取り出し、地面に置いて蓋を取った。

 子供たちは恐る恐る近づき、壷の中を覗いた。その中にトローネ(※1)を見つけると、子供たちはマルドックの方を見た。

 マルドックは、どうぞ、と手のひらを反した。子供たちは、わっと壷に群がり、あっという間にトローネを口いっぱいに頬張った。

「旨いか?」マルドックは商人風の、軽い柔らかな声色に変えている。

「うん。ありがと。」一番年長と思われる男児が答えた。

「君、こんな絵を見た事は無いかな?」

 マルドックはマントの中から例の図柄が描かれた羊皮紙を取り出した。他の子供も群がってくる。

「あっ、お大師様とおんなじだ!」一人の子が叫んだ。

「お大師様って何?」

「お大師様は、病気や怪我を治してくれるんだよ。」年長の子が答えた。「これ、お大師様の服についてる絵と同じだよ。」

「へえ、おじさんも会いたいなあ。」

「今日は、どこだっけ?」年長の子が隣の子に聞いた。

「えーと、今日は“水の日”だからあ、西通り!」その子はトローネを口から吹きながら叫んだ。「おじさん、案内してやろっか?」

「じゃあ頼むよ。」マルドックの目が静かに光った。「病気を治して欲しいんだ。」

 

 

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※1 蜂蜜と卵白を練り固めたラスクのような伝統菓子。