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はじめに

登場人物および地名

序章 イリアステームの杖

(1)(2)

第一章 少年戦士

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

第二章 空中庭園

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)      

第三章 邪悪なるもの

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)                 

第四章 七惑星の巫女

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)(19)

(20)(21)           

終章 記憶の底

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

おわりに

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小説「七惑星の記憶」

 

第三章 邪悪なるもの

 

(3)

 

 マルドックがイリアスの遺した知恵を探る旅に出ることを決めたとき、同行を志願する者がいた。

 ティアマトである。

 ティアマトは15年前、マルドックの元へやってきた。そのとき彼女は幼子であったにもかかわらず、たった一人でマルドックを探し当て、名前をはっきりと名乗ったのだった。キシャルはこの娘は一族の者であると断言した。ティアマトとは、古代の海神の名である。

 このとき、マルドックの配下にはキシャル以外にエヌルタという魔導士がいた。エヌルタは古代の土星神の名を持つ者だが、メテムサイコシス(※1)という経歴を持っていた。エヌルタは一度死んだ後、どんな人間にも変身できるといわれる“ドッペルゲンガー”として生まれ変わっていた。当時のエヌルタはすでに男か女かも不明確で、人間かどうかすら怪しい存在だったが、マルドックには忠誠を誓っていた。

 マルドックは、そのエヌルタに成人の女に変身するように命じ、ティアマトを育てさせた。

 ティアマトは魔法戦士として育成され、成長したが、戦士としても魔導士としても有能ではなかった。彼女もそれを理解しており、18になっても本格的な戦いに参加したことは無かったし、志願した事もなかった。

 キシャルとエヌルタは彼女に“役立たず”のレッテルを貼ったが、マルドックはティアマトを常に側に置き、身の回りの世話などをさせていた。誰にも話さないが、かつて捨てた娘の姿をティアマトに重ねていたのは否定できない事だった。

 当初、マルドックはティアマトの申し出を拒否した。もともと病弱で、生身の身体であるティアマトが“東の大雪山”での戦いに耐えられると思えなかったのだ。

 しかし、ティアマトは言った。「私は、イリアスを解放する為に存在するのです。」

 “イリアスを解放する”とはどういう意味なのか、本人も分かっていなかった。

 それは、マルドックが“空中庭園”への道を知っていたのと同じで、ティアマトに刻まれた記憶が言わせた言葉なのだ。

 何の為に生き、存在しているのか、という疑問の解明はマルドックの一連の戦いの根源である。ティアマトは、それを感じていたのだ。“東の大雪山”がいくら危険でも、その為に自分が存在していると確信しているのであれば、行かなくてはならない。

 マルドックは、同行を許可した。

 

 不老の肉体を持つマルドックであっても、“東の大雪山”は危険な土地だった。

 裾野から中腹までの山岳地帯には、イエティや雪狼などの肉食生物が棲んでおり、人間の侵入を憚る。だた、これらの敵は人間でも十分な装備と知恵、勇気があれば倒せる相手だ。

 問題は中腹から頂上までの地域である。

 中腹以上になると、深い霧と吹雪により、昼でも常に視界が数メートル程しかない。そして、切り立った氷の絶壁が幾重にも立ちはだかる。さらに問題なのは、この地域にどんな生物が生息し、どんな危険があるのかという確かな情報が無い事だった。

 それでもマルドックは周到に準備を整え、出発した。マルドックの準備とは、ヘル・ハウンド、サラマンダー、ガーゴイルなど、雪山で役に立ちそうな多くの異世界の住人を召還し、指輪、ブレスレット、亜人の骨など、旅に持ち出せる品に封じておく事だった。

 “東の大雪山”の中腹までは考えられる最も安全な方法で移動する事にした。すなわち、吹雪の無い日を選び、カル・サーデュ(※2)の背に乗って飛び立ったのだ。カル・サーデュは一人を運ぶのが精一杯の為、2往復する事になるが、徒歩で移動するよりはるかに危険は少ない。実際、マルドックとティアマトは全く敵に遭遇することなく、“東の大雪山”の中腹まで到達する事ができた。

 そこからは深い霧と激しい吹雪の為、空の移動はままならない。また、降り積もった雪は深く、徒歩での探索も極めて困難だった。そのような雪原では、マルドックは指輪に封じていた数匹のヘル・ハウンドを解放し、目的の方角への進行を命じた。これによりマルドックとティアマトは、均された雪原を進む事ができたのだった。また、途中で遭遇したイエティや死霊も先行したヘル・ハウンドがほとんど片付けてくれた。

氷壁や深いクレバスに阻まれたときはガーゴイルを解放し、彼の翼の力で飛び越えた。マルドックとティアマトは彼の手足に掴まっているだけでよいのだ。

深い霧と吹雪の山はそのようにして進む事ができる。しかし、目指す山頂を見つけるのは至難の業だった。

キシャルの調査では、“最後の王”は“東の大雪山”の頂上に神殿を築き、そこにイリアスの知識を封じたと古文書に記録されていたという。しかし、広い山岳地帯の中で、山頂がどこにあたるのかについては、どの古文書にも記載されていなかった。

マルドックは、入山の前に裾野から中腹の地形をくまなく調査した。あらゆる方角から勾配を調査した結果、その角度から頂点を推測する事は可能だった。

頂上の位置は推測できたが、地図は無い。どこから登ったら最も効率がよいかなど、行ってみなければ分からないことばかりである。

しかし、マルドックは躊躇しなかった。その範囲をしらみつぶしに探索したのである。

 

 約10日間の強行軍の末、ある氷壁を越えると、マルドックとティアマトはこれまでと全く違う景色を目にする事になった。

 そこには、眩しい青空が広がっていたのだ。

ここは天上界ではないかと錯覚する光景だった。これまで世界を覆っていた霧は、氷壁の下で渦を巻き、下界との境界を形作っていた。

山頂が今ははっきりと見える。雲ひとつ無い青空が雪で覆われた峰との境界を示し、その峰を進めば、目的の場所はすぐそこのように思えた。

 白と青の世界。

 マルドックはその美しさにしばし見とれた。

ふと、誰かに見られているような気がして、彼は振り返った。

「どうなさいましたか。」ティアマトの声がした。が、彼女の姿はそこには無い。

 ドサリ、と雪の音がした。

 彼女はうつ伏せに倒れ、雪に身体が沈んでいた。

 マルドックは駆け寄り、ティアマトを抱き上げた。

「申し訳ありません・・・マルドック様、大丈夫です。」

ティアマトは気丈に振舞っていたが、顔面は蒼白だった。これまでの疲労の蓄積と空気が薄い事による脱力現象と考えられた。マルドックはその血液により空気が薄い事を感じる事さえないが、生身の身体であるティアマトにとってここは過酷な環境だったのだ。

 マルドックは無言でティアマトを背負った。

 

 

 

※1 霊魂の転生を意味する。なお、エヌルタについては第四章で詳しく語られる。

※2 カル・サーデュとは、第一章の冒頭でラフムとラハムが遭遇し、第二章でネルガルが“空中庭園”で見かけたマルドック配下の巨鳥の呼び名である。古代語で“強い鷹”の意。

 

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