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はじめに

登場人物および地名

序章 イリアステームの杖

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第一章 少年戦士

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

第二章 空中庭園

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)      

第三章 邪悪なるもの

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)                 

第四章 七惑星の巫女

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)(19)

(20)(21)           

終章 記憶の底

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

おわりに

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小説「七惑星の記憶」

 

第三章 邪悪なるもの

 

(16)

 

 マルドックは、大気の揺れと両足の緩みを感じた。

 それは、カル・サーデュが彼の指令に従い、敵の召喚士を襲ったからに違いない。

 マルドックは腰から短剣を抜き、後ろの敵に投げた。

 敵は器用に大剣で短剣を弾いた。短剣に仕掛けられた爆薬が小さな爆発を起こす。

 マルドックはその隙に、高い枝に掛かったままになっていた鎖を引き、跳び上がりながら両足を地面から引き抜いた。そのまま空中で身体を反転させ、地面に降り立つ。

 マルドックは初めて、敵と対峙した。

 敵の戦士は真紅の鎧を身にまとい、両手持ちの大剣を構えていた。男の肩当てには、寺院の壁にあるものと同じ紋章が刻まれていた。

『そうか、この男も。』

 しかし、同族との邂逅を喜ぶ暇は無かった。

敵は猛然と間合いを詰めて来る。

 マルドックは“イリアステームの杖”を構え、解放された大気を楽しむように呪文を唱えた。

 杖の先端が輝き、“忘却の魔法”が男の記憶中枢を直撃した。

 男は、戦いの記憶を瞬時に失い、足を止めた。

 マルドックは、この男の雇い主がヌディンムトである事を確認する事にした。杖は、この男がマルドックを襲う動機を吸い取った。つまり、男の戦う理由は今、杖に封じられている。その杖の記憶を自分に移せば、男がここに来て、なぜマルドックを襲ったのかを知る事ができるのだ。

 この術は、“東の大雪山”の神殿の底でイリアスがマルドックに使用した“記憶の魔法”である。

『この男の名は・・・ネルガル・・・職業は・・・賞金稼ぎ。』

 ネルガルとは、火星神の名である。雇い主はヌディンムトだった。ここまでは想定内の記憶である。

 しかし、次にマルドックは生涯忘れ得ぬ記憶を見たのだ。

 ネルガルの記憶にあったのは、切れ長の目、亜麻色の髪を持つハーフエルフの娘だった。

 娘の名は――アルカリンクウェル。

「ウウッ!」

 マルドックが一度でもその腕に抱きしめたかった実の娘。彼は、娘に対する情が心の扉を開け、際限なく飛び回る事を何よりも恐れていた。

 

娘を愛すれば愛するほど、マルドックは後悔の淵に立つだろう。その先には精神の破滅が見える。

 だから彼は、娘が生まれる前に“空中庭園”を去り、一度も会うことは無かった。

 ただ、手紙のやり取りだけは続けていた。それは、彼女を“空中庭園”に縛る為だった。

 “空中庭園”に娘を縛るという事は、彼女がエルフの道を歩むという意味である。尽きる事のないエルフの寿命は、彼女の死後の魂が悪魔の手に渡る事を防ぐ唯一の手段だ。

 しかし、彼の説得も空しく、アルカリンクウェルに流れる半分の血、すなわち人間の冒険心、探究心は、彼女が成長するにつれ、意識を“空中庭園”の外へ向けさせた。そして、アルカリンクウェルは、ついに人間の世界で運命と戦うべきだという強い意思を持つに至ったのだ。

 アルカリンクウェルが戦うべき運命とは、魔人との契約である。その契約を破棄するためには、魔人を打ち倒す必要がある。

 つまりそれは、マルドックの敵の陣営に入るという事であった。

 マルドックはそれを受け入れた。自分は娘に殺されるに値する罪を犯している。娘に殺されるのなら本望であると常々考えていたのだ。

 だから、マルドックはヌディンムトとシャマシュを待つようにとアルカリンクウェルに伝えた。彼らがいずれ“空中庭園”を訪れる事は分かっていたのだ。

 

 娘の顔をマルドックは初めて見た。母の顔に良く似ている。

 目の奥に熱いものがこみ上げた。

 ただ、このアルカリンクウェルの顔は、マルドックと対峙する賞金稼ぎ、ネルガルの記憶にあるものである。つまりその視線は、ネルガルに向けられたものなのだ。

 このネルガルという男は、アルカリンクウェルの運命を知っていた。そして、彼女を救いたいと考えている。

 ネルガルは、依頼された賞金首であるマルドックを倒すためにアルカリンクウェルと別れ、ここで待ち伏せしていたのだ。

 また、ヌディンムトとシャマシュが“空中庭園”を訪れる事もネルガルの記憶にあった。

 おそらく、アルカリンクウェルは二人と共に魔人に戦いを挑むだろう。

 マルドックは、アルカリンクウェルが魔人を倒し、運命から解放される事を心から願っていた。

 魔人が倒されれば、マルドックも死ぬかもしれない。ただ、マルドックは、それより先に人生の目的の完遂、すなわち、古代魔法王朝の復活を果たせばよい、と考えていた。

 我々の存在理由は、ヌディンムトがその後に解明してくれれば良いと思う。

 そして、このネルガルという男には娘を守って欲しいと思った。記憶を支配している今なら、彼をコントロールできる。

 マルドックは、まず“イリアステームの杖”にこれまでの自らの記憶を全て封入した。これは、ヌディンムトに謎の解明の手がかりを伝える為である。

次に、“記憶の魔法”を駆使し、杖が吸い出したネルガルの記憶と、マルドックの記憶の一部を彼に移した。

『これでよかろう。』

 ネルガルの記憶は戻ったようだった。

 すかさずマルドックは左腕にはめられたブレスレットを右手で触れ、表面に刻まれたルーンをなぞりながら呪文を唱えた。

 ブレスレットから翼を持った魔獣、ガーゴイルが解放された。

 ガーゴイルはマルドックの胴体を抱えるとすばやく跳躍し、空に舞い上がった。

 見上げるネルガルの姿がどんどん小さくなっていく。

 

 最後にマルドックは、“イリアステームの杖”をネルガルに向けて放り投げた。

 枯れたはずの涙が、彼の頬を伝っていた。

 

 

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