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はじめに

登場人物および地名

序章 イリアステームの杖

(1)(2)

第一章 少年戦士

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

第二章 空中庭園

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)      

第三章 邪悪なるもの

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)                 

第四章 七惑星の巫女

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)(19)

(20)(21)           

終章 記憶の底

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

おわりに

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小説「七惑星の記憶」

 

第三章 邪悪なるもの

 

(14)

 

 マルドックはあらためて、自分は不老ではあるが不死ではない事を思い知った。

 不老であり不死であれば、生き急ぐ必要は無いだろう。もしかすると、“空中庭園”のエルフたちのように漫然と時を過ごし、いつしか人間としての生を全うする意欲さえなくなるかもしれない。

 不老の肉体でも、四肢が切断され首が飛べば確実に死ぬ。ただ、その可能性よりも精神の疲弊よる発狂の方が大きな問題だった。精神の死は常にマルドックの傍にあり、彼を追い立てている。

 シンの攻撃は周到に準備されていた。神官達の聖歌は、マルドックに過去を回想させる効果を持っていた。回想の中で、過去の選択に過ちであった事を認めれば、マルドックの心中で争いが起こる。

マルドックの心がその葛藤に打ち勝てば、改心は成功する。

マルドックの心が持ちこたえる事ができなければ、彼は狂人となり、精神の死が訪れる。

どちらにしても、シンの勝利である。その意味で、シンの心理攻撃はマルドックの弱点を見事に突いていた。

 マルドックは一度目の攻撃は何とか耐えたものの、二度目を受けたらどうなるか分からないと感じていた。

 シンと3人の神官は、再び聖歌を唱え始めた。

 マルドックは、皮袋から2本の亜人の牙を取り出し、シンに向けて投げた。牙は破裂し、白煙とともに2体のホブゴブリンが姿を現す。長身痩躯のホブゴブリン達は、シンへ襲い掛かり、聖歌を中断させた。

さらにマルドックは、懐から黒い小さな水晶玉を取り出し、呪文を唱えた。黒水晶の中から3体のチャロンが解放された。チャロンはすばやい動きで残りの3人の神官達に向かった。

 これで数の不利は解消された。次は、少々長い召喚呪文を唱える事もできるはずだ。

 しかし――

 ゴッ、という衝撃がマルドックの側頭部を襲った。

 足がふらつき、倒れそうになるのを辛うじて持ちこたえた。

 目の前に敵はいない。後ろだ。マルドックは振り向いた。

 そこには、先ほどマルドックが投げた剣で胸を貫かれ、絶命したはずの神官が立っていた。彼は右手を振り上げている。その手には銀のメイスが握られ、再びマルドックに一撃を与えようとしていたのだ。

 マルドックは、剣の腹でメイスを払うと、神官を袈裟切りにした。マルドックの剣技は神官の何倍も上だった。

 幅広の剣の切っ先は、神官の身体を深く切り裂いた感触をマルドックの腕に伝えた。

 神官の身体から鮮血がほとばしる――はずだった。

 彼の身体は鈍い金色の光に包まれていた。傷は負っていないように見える。弾かれたメイスを翻し、神官はマルドックの頭部へ2撃目を放った。

 この攻撃で、マルドックの兜は破断した。

マルドックの頭部から血液がどくどくと流れ出し、彼の視界を遮る。兜が無かったらこの一撃で即死していたかもしれない。

 マルドックは、敵の蘇生と回復は神聖魔法の効果だと気づいた。この効果が持続している間は、肉体へのダメージはすぐに回復してしまうのだ。

 危険を察知したマルドックは腰から短剣を抜き、神官の足下を狙って投げた。

 地面に突き刺さった短剣は、ボンッという音と共に炸裂し、黒煙が舞い上がった。

神官が咳き込みながら黒煙から抜け出たときには、マルドックは少し離れた大木の傍まで距離を取っていた。

 マルドックは回復の魔法はどこで誰が掛けているのだろうか、と考えた。シンと他の3人の神官は召喚獣が相手をしている為、呪文を唱える余裕はないはずだ。

とすると、他にも神聖魔法の使い手がいるのだ。

『“七惑星の巫女”の力か。』

 おそらく寺院の中で、回復の魔法を唱えているのだろう。

 神官が蘇生したとき、彼の身体は金色の光に包まれていた。あれが“巫女”の力なのだ。

 その金色の光は、マルドックの生きる世界とは違う、優しさを宿していた。

 生と死。人間はこれを対照的なものと見てしまう。マルドックがまさにそうだ。彼は死を恐れ、魔人と契約した。

 しかし、金色の光は、人の死をも優しく包んでいるようだった。

 人間はいつか死ぬ。しかし、子や孫に受け継がれた命は死んだ人間の意志を繋ぎ、世代を繋いで、全体として永遠の生命となる。

 金色の光、いや“七惑星の巫女”は、マルドックにそれを教えているようだった。

『ティアマト、ここで別れだ。』

 マルドックは、ティアマトの奪還をやめる事にした。自らの執着でティアマトを縛るより、ここで葬られる事の方が天上界へ去った彼女にとって自然な選択に思えたのだ。

 

 ティアマトとの離別は決意したものの、マルドックはここで死ぬつもりはなかった。この状況を打破する切り札はまだ残っている。

 そのとき、まばゆい銀色の輝きが辺りを覆った。この輝きはシンから放たれていた。

 シンは聖印を掲げていた。その足下にはすでに彼によって倒された2体のホブゴブリンが横たわっている。

 銀色の光は聖印から放たれていた。光は、“ターニングアンデッド”の効果を生み、3人の神官を襲っていたチャロンを冥界に追い返した。

 召喚獣は一掃され、形勢は一気にシン達に傾いた。

 神官達は一様に、金色の光に包まれていた。チャロンに負わされた傷は全てふさがれているだろう。

 それに対して、マルドックの頭からの出血はまだ止まっておらず、有効な手立ても無い。

 シンと4人の神官は、横一列に並び、マルドックの方へ歩み始めた。

 止めを刺す為だ。シンに続き、4人の神官は聖歌を唱え始めた。

「うぐっ!」

 再びマルドックの心の扉が音を立てた。シンの聖歌がその扉をこじ開け始めたのだ。

 マルドックは棒立ちで、その心理攻撃に耐えている。

 神官たちは、横一列の隊列を崩さず、歩み寄ってくる。

 マルドックは、幅広の剣を持つ右手を振り上げた。まだ剣が届く間合いではなかった。が、剣が投げられる可能性を考慮し、シンは歩みを止めた。

マルドックは右手にもつ幅広の剣を目の前の地面に突き刺した。

一瞬、神官たちの注意がその剣に向いた。その一瞬を見逃さず、マルドックは背中に掛けていた木製の杖を右手に取った。そして、その先端を突き出すと呪文を唱えた。

杖の先端が光り、忘却の魔法がシンと4人の神官を襲った。

聖歌が止まった。隊列が崩れ、互いに顔を見合わせている。忘却の効果は一時的なものだが、それで十分だった。

 次にマルドックは両腕を前に伸ばし、拳を突き出した。そして、短い呪文を唱えた。

すると、彼の両手中指にはめられた指輪から、真っ黒な煙のようなものが吹き出した。黒い煙は、空中で2頭の生き物に姿を変えた。

ヘル・ハウンドである。

 魔界の狂犬は、強烈な硫黄の臭いを振りまきながら、地上に降り立った。

 

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