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はじめに

登場人物および地名

序章 イリアステームの杖

(1)(2)

第一章 少年戦士

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

第二章 空中庭園

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)      

第三章 邪悪なるもの

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)                 

第四章 七惑星の巫女

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)(19)

(20)(21)           

終章 記憶の底

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

おわりに

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小説「七惑星の記憶」

 

第三章 邪悪なるもの

 

(13)

 

 青白い月の光が丘の上に建つ寺院の壁を照らしていた。

 寺院の壁は所々にひび割れがあり、この建造物が過ごしてきた長い年月を物語っていた。

 それでも、寺院の壁に彫刻されている向かい合った二頭のグリフォンとそれを取り囲むウロボロスの紋章は、ここが古代魔法王朝時代の建造物である事をはっきりと示していた。

 マルドックは立ち止まり、その紋章を見上げた。彼は、紫紺の鎧と兜を身につけ、幅広の剣を腰に下げていた。

 

 マルドックの出した答えは、“魔道”だった。

 あの晩、シンの言うとおり、道を変える事も考えた。そうすれば、魂と肉体は浄化され、悪魔の素行に怯えながら暮らす事は無くなるかもしれない。それは、齢60を越え、肉体は衰えていなくても、精神に疲弊を感じていたマルドックにとって、魅力的な選択肢だった。

しかし、彼は道を変えられなかった。

それを妨げたのは、実の娘、アルカリンクウェルの存在である。

自分だけ救われても、アルカリンクウェルの魂は救われない。その思いは、彼の心変わりを妨げるのに十分な重さだった。娘の魂を悪魔に売ってまで手に入れたこの40年間を無駄にする事はできなかった。それは、アルカリンクウェルへの裏切りに思えた。

マルドックにとって娘への思いは、何よりも優先されるべきものになっていた。

そして、もう一人の“娘”、ティアマトの死へのけじめをつける為、この寺院にやってきたのだ。

“七惑星の巫女”の力をもってしても、ティアマトは甦らない――その事が確認できれば、マルドックはティアマトをこのまま見送りたいと考えていた。

魔道を進む事は彼の本心だし、ティアマトの死を受け入れたいという気持ちもまた、本心だった。

 

 マルドックは、寺院の正面に立った。

寺院の中から男達の唱和が聞こえてきた。その声は、シンと4人の神官のものだった。

『!』

マルドックは背後に人の気配を感じ、振り向きざまに剣を抜いた。

そこには、灰色のローブを身にまとった男が立っていた。月の明かりを背に受け、顔はよく見えない。しかし、マルドックにはその男が何者か、すぐに分かった。その男は、かつて兄弟同然に育てられ、同じ目的で旅し、袂を分かった魔導士だった。

「ヌディンムト・・・。」

 マルドックは、ヌディンムトに数歩近付いた。

「悪魔の声に耳を傾けてはならぬ!」

 マルドックの耳にはその叫び声がはっきりと聞こえ、彼の頭の中でこだまのように反響した。

マルドックは、かつてその言葉を聞いたことがあった。

 それは40年前、あの洞窟での戦い――

 洞窟の最深部には、巨大な魔人がいた。魔人は人の形をしているが、人の約3倍の背丈があり、口には鋭い牙、頭には反った角が2本生えていた。

 ヌディンムト、シャマシュ、そしてマルドックの3人は、その魔人に対峙していた。

 3人は見るからにちっぽけで、頼りなかった。だが、それを補えるだけの若さがみなぎり、恐れを知らなかった。

 果敢にも、若いマルドックは魔人に語りかけた。

「邪悪なるものよ。貴様も魔界の眷属なら大地と同じだけの年齢を重ねておるだろう。これまでの人間界の栄枯盛衰の記憶を持っておらぬか。」

 魔人は目を閉じたまま、鼻から悪臭を伴う息を吐いた。そして、うなるような声で話し始めた。

「いかにも。わしは、光と闇が分かれたときからの記憶を持っておる。おまえ達がそれを欲しているのも分かっている。与えてやろうではないか。しかも、わしが出来ることはそれだけではない。お前たちにわしと同じだけの寿命を与えることができる。」

 このとき、ヌディンムトは叫んだのだ。悪魔の声に耳を傾けてはならぬ、と。

「わしと契約をすれば、この二つの望みはお前たちのものだ。怖がる必要はない。お前たちは何も苦しまないのだ。お前たちの中で、剣を持つその二人は、じきに娘を得る。その娘の死後の魂をわしに捧げると約束するだけでよいのだ。」

 いつの間にか、魔人の両眼は開いていた。魔人は周到だった。悟られぬように魅了の魔法を3人に掛けているのだ。

 そんな中、若いマルドックは選択を求められているのだった。

――よく考えろ、マルドック・・・。

 マルドックは、声なき声でかつての自分に語りかけた。

――魔道を選ぶ者は、邪悪なるもの・・・。

――おまえは、そのような業を背負う必要は無い・・・。

 マルドックは、若いマルドックに改心を迫っていた。

 若いマルドックがそれを受け入れると、マルドックの心にズシリと突き刺さるような痛みがあった。意識的に封印してきた、記憶が溢れ出てきたのだ。

 それは、娘への執着、深い悲しみ、悔恨の念、友への思い、先祖と神への憎悪・・・。

「ぐあああああぅああっ!」

 開けてはならない心の扉をこじ開けられたのだ。これは、元の人間に戻る為に通り抜けなければならない儀式だった。封印した感情を正面から見据え、それに対峙し、新たなる記憶して心に刻んだ上で次の人生が始まるのだ。

『しかし、わしはそれを望んでおらぬ!』

 あと、一歩だった。マルドックは、やはり魔道を歩むのだ。

 マルドックは、意識が遠のく程の苦しみの中で、右手に持つ幅広の剣をヌディンムトの心臓に投げつけた。

 剣はヌディンムトの左胸に深々と突き刺さった。

 マルドックは夢を見ていたようだった。魔人の洞窟は視界から消え去り、元の月明かりに照らされた寺院の前に戻っていた。

 胸を貫かれ、倒れていたのは4人の神官の内のひとりだった。ヌディンムトは、心理攻撃が創り出した幻影だったのだ。

 マルドックは、神官の身体からすばやく剣を抜き取るとあたりを見回した。

 シンと残りの3人の神官が、マルドックを取り囲んでいた。

 

 

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