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はじめに

登場人物および地名

序章 イリアステームの杖

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第一章 少年戦士

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

第二章 空中庭園

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)      

第三章 邪悪なるもの

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)                 

第四章 七惑星の巫女

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)(19)

(20)(21)           

終章 記憶の底

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

おわりに

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小説「七惑星の記憶」

 

第三章 邪悪なるもの

 

(12)

 

 三日目、すでに日は暮れ、辺りは暗闇になっていた。

 約束の時刻に現れたのは、シンだけだった。

「結果を教えてもらおう。」

「まず、巫女の力について説明いたします。」

 シンは、マルドックに石でできたベンチに腰掛けるよう促し、自らも彼の横に腰を下ろすと、話し始めた。

「人間は殺されたり、不本意な死に方をすると、自らの死が認められず、その魂は一定時間、現世を彷徨います。そして、この世にはそのような彷徨う魂を狙うものがいます。それは、異世界から派遣された魔人です。彼らは人間の魂を自分たちの国に持ち帰る事を生業としています。彼らなりのノルマがあり、人の魂を多く集めた者が異世界での地位が上がるのです。」

「そんな事はわしの方がよく知っている。」マルドックは口を挟んだ。

「“七惑星の巫女”の術は、そのような魂を元の肉体に呼び戻し、悪魔の手に渡る事を防ぐ為の力なのです。」

シンは、覗き込むようにマルドックの目を見た。「お分かりですかな。」

 マルドックは少し考え、理解した。「つまり、ティアマトの魂はすでに現世に留まっておらぬという事か。」

「その通りです。巫女は、あなたと同じ事を言いました。あの方の魂はこの世を去り、天上界にあります。悪魔に捕らえられる心配はありません。したがって、巫女はあの方の魂を呼び戻す事はしませんでした。平安な魂を呼び戻す必要は無いのです。」

 マルドックは、ティアマトがこの世を去った経緯から、ある程度その結果を予想していた。ただ、予想が事実となった今でも、執着は抑えきれない。

「わしはティアマトを必要としている。天上界から呼び戻すことはできないのか。」

「できます。しかし、今のあなたには無理です。」

「どういう事だ?」

「昇天した魂を呼び戻すには、神と対話ができるまで修行をする必要があります。そこまで徳を積んだ聖人だけが、奇跡を起こせるのです。」

「確かに無理だ。この身体ではな。」

マルドックの肉体は悪魔の力によって不老である。こんな者の望みを神が聞くはずもない。

「ただ、あなたの魂は悪魔に冒されていません。私にはそれが奇跡に思えます。」

「だからどうだというのだ。」

「徳を積めば、奇跡が起きる可能性があると思うのです。」

 マルドックは苦笑した。「馬鹿な事をほざくな。それより、肝心な事をまだお前は答えておらん。」

シンは、表情を変えなかった。

「巫女は、ティアマトの魂を肉体に呼び戻す事ができるのかできないのか、どちらだ?」

「それは、さきほど申した通りです。」

「いや、お前は『巫女は魂を呼び戻す事をしなかった。』と言っただけだ。わしの望みは、娘の魂だけなのだ。巫女は、天上界の魂を呼び戻せないのか。」

「それは、分かりません。巫女の業は神の意思が故に。」

「そうか。お前がそういう態度なら、わしが巫女を問いただそう。」

「寺院においでになるのですか。」

「来て欲しくなかろう。ならば、お前が巫女に問うてみるのだ。」

 実のところ、寺院に行きたくないのはマルドックの方だった。七惑星神の聖域でどれだけ自分の力が制約されるのか分からないのだ。それに、ヌディンムトの仕掛けた罠も気になる。

 しかし、そんなマルドックの気持ちをよそに、シンは意外な答えを返した。

「いえ、あなたは寺院に来るべきです。」

「どういう事だ?」

「私たちは、あの方を寺院に葬りたいと考えています。」

「何っ! ティアマトを!」

「あなたはそれを望んでいるのではないのですか?」

 マルドックは言葉を詰まらせた。ティアマトとはいずれ別れが来るとは考えていたのだ。魂が天上界にあるのなら、亡骸を葬る事は正しい道のようにも思える。

 しかし、娘に対する執着はマルドックの心を何十年も蝕んでいた。その弱点を、シンは見抜いているようだった。そしてその弱点を敢えて突かず、癒そうとしているのだ。

 マルドックは、シンの意図に自分が沿わされているように感じていた。

 シンは、そのマルドックの心の葛藤さえも、見抜いているようだった。

「あなたには、二つの道があります。一つは、あの方の魂の平安を祈り、私たちと共に祈りの日々を送る事。心配は要りません。その場合、あなたの苦しみは私の苦しみとなるのです。

もう一つは、あの方の葬儀を阻止し、亡骸を取り戻す事。それが成功しても、巫女を支配する事はできないでしょう。あなたはあの方の遺体と共に行くあてのない旅を続ける事になるのです。それは、あなたがかつて選んだ魔道をこのまま進むという事です。

どちらを選ぶにしても、寺院においでにならなければなりません。」

「魔道を選ぶと言ったなら、どうするのだ?」

「悪魔を神の領域に入れるわけには参りません。そのときは、私たちと一戦を交える事になるでしょう。」シンは、立ち上がった。「葬儀は、明日の夜、月が天の頂に達する時刻に執り行います。」

 

 マルドックは、シンが立ち去った後、一人で馬車に腰掛けた。

 そして、天空を仰ぎ見た。満天に無数の星が瞬いている。

 マルドックは、魔人との取引以来、人間的な感情を心の奥底に封印して生きてきた。それは、自我を守る為の手段である。

心の扉を開けば、封印した感情によって発狂し、自我が崩壊する恐怖をマルドックは常に持っていた。しかし、あのシンという神官はそれを開けようとしたのだ。しかも、その恐怖をシンは共有すると言った。

『恐怖を分かち合う。』という発想をマルドックは初めて知った。

一人の人間では太刀打ちできない強大な力を持つ怪物を、多くの戦士や魔法使いが共同で退治したという話はよく聞く冒険談だ。

それと同じように、一人で対抗できない心の闇を複数の人間が分かち合う事で、発狂を免れる事は可能なのだろうか。

 マルドックの心は、揺らいでいた。

 

 

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