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はじめに

登場人物および地名

序章 イリアステームの杖

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第一章 少年戦士

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

第二章 空中庭園

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)      

第三章 邪悪なるもの

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)                 

第四章 七惑星の巫女

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)(19)

(20)(21)           

終章 記憶の底

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

おわりに

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小説「七惑星の記憶」

 

第三章 邪悪なるもの

 

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「あなたには、悪魔が憑いています。」

その司祭はきっぱりと言った。「すでに骨の髄、神経の根まで悪魔は侵食していて、それを祓えば、あなたは死を免れないでしょう。」

『すばらしい診断だ。』マルドックは苦笑を抑え切れなかった。

 

 司祭の年齢は30代半ばだろうか。白いローブを身にまとい、金髪を短く刈り込んでいる。白いローブの左胸の部分には、二頭の向かい合うグリフォンとそれを取り囲むウロボロスの紋章が金色の糸で刺繍されていた。

 村の少年が言った通りである。この司祭が“お大師様”なのだ。

 司祭はシンと名乗った。マルドックはその名が古代の月神のものであると知っていた。間違いなく“同族”である。

 神官はシンを含めて5人いて、西通りと呼ばれる小路に面した長屋で村人の治療を行っていた。

彼らの治療法は“お手当て”と呼ばれていた。それは、神聖魔法を用いた怪我や病気の回復である。5人とも、使い手のようだった。

彼らはマルドックのようなよそ者も分け隔てなく治療に当たっていた。マルドックは村人の列の最後尾に並び、司祭の診断を受けたのだ。

 

「で、どうしてくれるのか。悪魔を祓って、わしを殺すか。」

「お望みなら。」シンは表情を変えなかった。「しかし、あなたはそれを望まないはずです。なぜなら、あなたは魔道を自らの足で歩いている。あなたはかつて、自らの意思で、その道を選んだはずです。」

「その通りだ。わしは昔、この肉体を欲した。お前も古代神の名を持つものなら感じておろう、心の内側から我々を支配する古代の王の意思を。この肉体はそれを探求する為に得たものだ。」

「私たちは七惑星神を租とする民族です。神の血族の末裔は、神の元で修行し、神託を待つのが正しい道です。」

「神託!」マルドックは吐き捨てるように言った。「いつ光臨するか知れぬ神など待つ暇は無い。何も為す事ができぬままに寿命が尽きてしまい、あの世行きだ。」

「人の寿命は、神が与えた運命です。どんな理由があるにせよ、悪魔の力を借りる事は邪悪な道です。」

 マルドックはシンの目を睨みつけた。

「貴様に邪悪を語る資格は無い。地の底から常に人の魂を欲している、真の邪悪は、そこに通じた者にしか理解する事はできぬ。」

「ではお伺いしましょう。あなたの知る真の邪悪とは、どんなものでしょう。」

 マルドックは、この司祭とはいずれ闘う事になる、と直感した。

「邪悪なるものの真の姿は人の目で捉える事ができない。魔人が醜悪な姿をしているのは、邪悪なものは醜く恐ろしい顔をしていると、人々に思い込ませる為のカモフラージュなのだ。真の邪悪は、醜悪な本質を幾重にも隠し、人の目にはとても美しいものに映るのだ。」

「そのような漠然とした表現は私には意味がありません。私たちは人々に降りかかる苦しみを毎日ひとつひとつ、こつこつと退治しているのです。悪の芽を摘んでおけば、大きな邪悪を育てる事はありません。」

「残念だな。そのような細々とした、小さきものを退治しても、邪悪なるものの本体は揺るがない。

 何度も言うが邪悪なるものの本体は、目に見えないのだ。

貧しいものの為に金を工面していた者が、いつしか狡猾な金貸しになる。正義を信じ、社会の悪と戦っていた者が自らの名誉の為に無実の罪をでっち上げる。生まれながらに高い能力を持ち、世の為に働いていた者が、気づかぬうちに弱者から搾取する権力の手先となる。

人の世には、このような邪悪が深く根を下ろしている。お前たちのやっている事など、このような真の巨大なる邪悪に対してあまりにも無力だ。」

「あなたの言いたい事は分かりました。」シンは落ち着いている。「それらは社会悪というものです。確かにそれは根が深い。ただ、社会は人が構成するものです。私たちは邪悪なるものは人の心に巣食うと考えています。だから全ての人が神の加護を信じ、その道を歩めば、社会悪は自然に消滅するはずです。」

マルドックは、鋭い視線をシンにぶつけた。

「それと、お前たちがやっている治療と何の関係があるのだ。」

「病気や怪我は、最も人の側にある邪悪です。これを祓う事は神の意思に沿うのです。」

 マルドックは声を上げて笑った。

「それは強弁だ。わしは知っているぞ。お前達の寺院に是が非でも護りたいものがある事を。その為に村人達を手なずけているのだ。」

 それは、マルドックがアルカリンクウェルの手紙で知った、“七惑星の巫女”と呼ばれる者の存在を示唆していた。

「あなたには隠し立てしても仕方が無いようです。」シンのまなざしが少し曇った。「あなたは知っていますか。“七惑星の巫女”は、私たちの一族の中でも最も神の血が濃く流れる者です。生まれながらにして七惑星の力を操る事のできる、唯一無二の存在。その貴重な神の宝を護る為なら、私は命を捧げる覚悟です。」

「その事を知っているわしを、殺すか。」

「いいえ。いま私は本心から思います。あなたを邪悪なるものから救いたい。あなたの心は澄んでいます。どこかで道を誤ったのです。そのような苦難の道を選ぶ事まで、我々の先祖は望んでいないはずです。」

 二人の間に沈黙が流れた。

 自分の持ち場の仕事を終えた1人の神官が、マルドックとシンに間にある、ただならぬ気配を察知し近づいてきた。

「司祭様、この者は?」

「この方は・・・」シンが話し出すところをマルドックが遮った。

「私ではなく、娘を診て欲しいのだ。」マルドックは商人の声で言った。「娘はここへ連れてくることができない。近くに居るのだが、来てもらえないだろうか。」

 

 マルドックは、長屋での仕事を終えた5人の神官を、少し離れた場所に停めていた馬車へと案内した。見張りを務めていた少年には小銭を与え、家に帰した。

 マルドックは幌の中に入り、シンを招き入れた。4人の神官は外で待つ事になった。

「どういう事です?」シンが尋ねた。

「お前は“巫女”の存在を認めた。そしてわしを救いたいと言ったな。」

 幌の中は、二人の大人が入るのが精一杯の広さだった。

 マルドックは幌の中心にある、大きな箱に掛けられた布を捲った。

その箱は棺だった。

「わしの娘達が救われなければ、わしは救われない。」マルドックは独り言のように呟いた。

 マルドックが棺の蓋を外すと冷気が幌の中に充満した。

 その冷気は棺の中に眠る女、ティアマトから発せられていた。

 

 

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