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はじめに

登場人物および地名

序章 イリアステームの杖

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第一章 少年戦士

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

第二章 空中庭園

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)      

第三章 邪悪なるもの

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)                 

第四章 七惑星の巫女

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)(19)

(20)(21)           

終章 記憶の底

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

おわりに

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小説「七惑星の記憶」

 

第三章 邪悪なるもの

 

(1)

 

 マルドックは立ち止まり、静かに振り向いた。

 彼の視界に映ったものは、雪を被った広大な峰々と、澄んだ青空。一面の雪が太陽の光を反射し、空と山脈の境界線をくっきりと際立たせていた。

「どうなさいましたか。」

 女の声がした。マルドック配下の魔法戦士、ティアマトの声だ。

 マルドックは、それには応えなかった。誰かに見られているような気がして振り向いたが、この“東の大雪山”に自分たち以外の人間がいるはずもない。

『見ている者がいたら、我々の事を後世に伝えて欲しいものだ。』

 

 マルドックは、かつて魔人と契約し、老いない肉体を手に入れた。

あのとき、魔人は彼の身体に何か異物を注入したようだった。それからというもの、彼の血液は通常の人間より高温を保ち、その影響からか目は赤く充血している。また、睡眠や食事を摂らない日が続いても全く苦しくない。呼吸も、通常の5倍は止めていても活動できる。痛みや疲れも感じにくい。

また、頭が異様に冴えている。今では魔界の住人を召喚する魔法を何種類も操る事が可能だ。

そして、悪魔がこの地上で行っている所業を自然に理解できるようになった。それは、悪魔と契約した者に否応なく与えられる特別な能力だった。

魔界に棲み、人間界の魔人を操る邪悪な意思――仮に“魔界の王”と呼ぶ事にする――は多くの人間の魂を欲しているようだった。マルドックと契約した魔人は下級の悪魔で、人間の魂を魔界の王の下へ連れてゆく事を仕事としていた。

その仕事は主に二通りの方法で行う。

一つ目の方法は、地上に縛られた魂を捕えるというやり方である。

生を全うした人間の魂は、信じる神の元へ昇天する。しかし、人生の途中で思わぬ死を迎えた者、あるいは地上の欲望に強い執着がある者の魂は、昇天せず、地上に一定期間彷徨う場合があるのだ。下級の悪魔はそういった魂を拾い上げ、魔界へ連れ去る。ただ、この方法は地上を彷徨う魂を探し続ける必要があり、効率が非常に悪い。

二つ目の方法は、生きている人間に魂を受け取る契約を取り付けるという手法である。

マルドックと魔人は、この方法による取引を行ったのだ。

しかし、下級の悪魔のやっている仕事など、かわいいものだとマルドックは思う。

彼は、魔界の王の深遠で残酷な意思を感じていた。

 魔界の王は、全人類の魂を欲している。その深い欲望を実現する計画は、何百年、何千年という時間をかけ、着々と進行しているのだ。

近い将来、人類は自らの欲望を実現する手段を次々に手に入れるだろう。その力は野獣を簡単に打ち倒し、飢え、病気や怪我などの様々な苦しみから人類を解放するだろう。

しかも、それは人類が自らの英知によって見出したと考える。そして、それが正義であり、神の恵みだと解釈するようになる。

しかし、“人類が自らの手で、欲望を実現する力を発明した。”と思わせる事こそが、魔界の王の緻密で冷酷な計画なのだ。魔人が誰にも気づかれず、静かに与えたその力により、人類は欲望を限界まで膨張させ、自然界の恵みを食い尽くし、最期には共食いのように滅び去る。

その終局が百年後に来るのか、千年後に来るのか、それは分からない。しかし、人類の行動や思考は、あまりにも悪魔の所業に対して無防備で無知である、とマルドックには思えるのだ。

 欲望にまみれた人生を送り、殺しあった末に死んだ人間の魂は、死後も地上に未練を残し、やすやすと悪魔の手に落ちるであろう。

 それを知ったマルドックがたとえ警告したとしても、人間たちは誰も耳を傾けないだろう。なぜなら、彼らは欲望を満たす事を正義だと信じているのだ。しかも、悪魔と契約したマルドックもまた、普通の人間から見れば邪悪なものと同類とみなされ、そのような者の言葉など信じるはずも無い。

 その絶望的な事実を日々の営みの中で感じる恐怖は尋常ではない。悪魔と契約した人間は歴史上、マルドック以外にもいたと考えられるが、おそらくほとんどの人間は発狂してしまっただろう。

 マルドックも度々、自分が発狂しているかもしれない、という衝動に駆られる。

 狂人は自らが発狂しているか否かを理解しない、とマルドックは考えていた。だから、彼はティアマトの目を見て、それが狂人に対する眼差しでない事を確認する事にしていた。

「また、心配になったのですね。」いつもティアマトは寂しそうに言う。

マルドックが魔人から老いない肉体を得たのは、はじめは自らの出生の秘密を探る旅を続ける為に必要だと考えたからだった。しかし、今は自らの欲望のために動くのではなく、人類を救う為に、古代魔法王朝を復興する事を人生の目標に掲げている。

マルドックの心は邪悪に染まってはいなかった。魔人との契約は娘の死後の魂を与えるというだけで、マルドック自身が悪魔に帰依したわけではない。

ではなぜ、古代魔法王朝の復活が人類を救う事になるのか。

マルドックは、かつて“空中庭園”のエルフから古代王朝が滅んだ日の事を聞いた。

 古代魔法王朝は、ディンギルから得たルヒューの力で成り立つ国家だった。王朝が滅び、ルヒューの力が失われてから、魔界の王の力がこの世に蔓延し始めたのではないだろうか。

古代魔法王朝時代の秩序を取り戻し、失われたルヒューの力で人類を統治すれば、きっと魔界の王の影響力は弱まるだろう。それにより、人類の魂は魔界の王から救われる、というのがマルドックの考えだった。

古代魔法王朝の“最後の王”は、滅びの日、テームへ向かったという。

“最後の王”は、テームの中で復活の時を待ち、生存しているのではないか、というのがマルドックの直感だった。なぜなら、『どこへ行くのか』というエルフの問いかけに対し、死を選ぶつもりならば、『あの世』や『神の元』といった言葉が出るはずだ。しかし、“最後の王”は『テームへ』という言葉を残している。テームとは、“永遠の王国”を目指して彼が人生を懸けて創造したものだ。マルドックには、その言葉は復活を暗示しているように思えるのだ。

また、マルドックは“奈落の門”と自分たちの出生の関連に早くから気づいていた。

“奈落の門”の出現と同時に現れる古代神の名を持つ者達には、様々な古代の記憶が刻まれている。

マルドックには、“空中庭園”へ通じる道筋の記憶があった。

“空中庭園”のエルフ達はマルドックを王として迎えた。なぜならその道筋は“最後の王”しか知りえない秘密の通路だったからだ。

マルドックは自分が“王”である、という奢った考えは持っていない。自分が“王”であったのなら、テームやルヒューについてもっと詳しい記憶があるはずだからだ。

ただ、“奈落の門”から生まれたマルドックが“王”しか知りえない秘密の通路を知っていたという事実は、“奈落の門”で“最後の王”がマルドックに秘密の記憶を注入した、という推測が成り立つ。また、“奈落の門”に“最後の王”が居るという事は、“奈落の門”こそがテームであるという証明にもなる。

この思索から、マルドックは、“奈落の門”とは“最後の王”が建設したテームの事であり、そこには彼が居る、と確信するに至ったのだ。

 

  

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