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はじめに

登場人物および地名

序章 イリアステームの杖

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第一章 少年戦士

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

第二章 空中庭園

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)      

第三章 邪悪なるもの

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)                 

第四章 七惑星の巫女

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)(19)

(20)(21)           

終章 記憶の底

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(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

おわりに

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小説「七惑星の記憶」

 

第二章 空中庭園

 

(5)

 

 シャマシュは絞り出すように淡々と言葉を繋げた。

「娘が死んだとき、私の脳裏に魔人の言葉が甦った。魔人はあの時、将来私とマルドックは娘を得る、娘が死んだ後の魂を渡す契約をすれば見返りに一生涯の若さを与える、と言ったのだ。私は心が凍りつく思いだった。まさかとは思うが、マルドックが私の娘の魂と引き換えに若さを得たのではないかと。」

「いやいや。魔人が『娘が死んだ後の魂』の前に“誰の”娘かを付けなかったのは契約者の娘である事が当然だからだ。実際、おぬしの娘は神の国にいる事が神託で示されたのだろう?」

「結果的にそうだった。だがそれが分かるまで私は血を吐くほどの苦悩の時間を過ごしたのだ。ただ、私の娘が魔人の手に渡らなかったということは、マルドックの契約はやはり奴の娘が引き受けておるのだろうか。」

「わしが昔エルミアでマルドックに会ったとき、その事についても尋ねた。奴は何か奇策があるというような事を言っておったが、深く語ろうとはしなかった。」

シャマシュとヌディンムトの会話が途切れた。

 ネルガルはわざと大きな音を立ててマグカップをテーブルにおいた。

「話はだいたい分かったが、お前たちの蒔いた種などおれにとってはどうでもいい。おれはカネさえ頂ければ仕事は引き受ける。払ってもらえるのか?」

「その話なんだが、」ヌディンムトはネルガルの方を向いた。「これから行われる戦いにおいては、マルドックの討伐は目的の一つに過ぎん。なぜなら仮にマルドックを斃す事ができても、将来、第二第三のマルドックが出現すれば意味が無いからだ。未来に遺恨を残さぬ為には、われわれの出生の秘密と“奈落の門”の関係を暴かねばならない。この戦いはカネや目先の利益の為の戦いではないのだ。だからこそ、リドンの騎士は戦いに赴こうとしているのだ。」

「ふん。」ネルガルは薄笑いを浮かべた。「騎士がなんだってんだ。」

ヌディンムトは続けた。「わしは長年、古代遺跡の調査を行い、出生の秘密を探ってきた。それと並行で、マルドックの動きも監視していたのだ。」

ヌディンムトは懐から羊皮紙の束を取り出し、テーブルの上に広げた。

「これは、わしの若い二人の弟子達からの報告書だ。報告には、“門”に滅ぼされたグリヌフスの廃墟に、マルドック配下のキシャルという者が潜んでいたとある。そして、ネポ、エンリルという我々と同じ出生を持つ者達と出会い、マルドックの陰謀を知ったエンリルはキシャルと共に死んだとある。」

「ネポ・・・。」シャマシュが独り言のように言い、羊皮紙の束を手に取った。

「この報告書でマルドックがアリア-サンの町に“門”を呼び出そうとしている事が分かった。奴の活動が表面化した以上、わしは危険を冒してでもエルフに会いに行く必要があると思い、おぬしたちを呼び集めたのだ。」

「エルフ?」ネルガルが目を丸くした。

「そうだ。思い出して欲しい。マルドックの活動の根拠は、“空中庭園”と呼ばれる魔法王朝時代の宮殿に住んでいたエルフ族に会い、そこで聞いたことなのだ。まずはそこに行き、自分の目と耳でマルドックの考えを探る事がどうしても必要なのだ。」

「今もエルフは“空中庭園”に住んでいるのか?」

「“空中庭園”は王朝崩壊時に失われたが、エルフ族の住処は調べがついている。わしらと一緒に行くのならおぬしも知る事になるだろう。だからネルガルよ、おぬしもわれわれと同じ出生を持つ者である以上、この戦いから逃れる事はできぬ。賞金稼ぎとしてではなく、わしらの仲間として戦って欲しいのだ。」

 ネルガルは再びラム酒をあおり、少し間をおいた。「そんな話を聞かされたところでおれがあんたらの手下になると思ったら大間違いだ。カネさえもらえればマルドック討伐は引き受けるが、おれは一人でやる。」

「しかし、おぬしもうすうす感じておるだろう。われわれ一族の心の底にある何かを。そして、その探求こそが生まれてこの方おぬしの生きる糧になっていたのではないか。苦しい戦いと鍛錬もその目的に近づく為に乗り越えてきたのではないか。」

ヌディンムトの指摘は漠然としていたが、核心を突いていた。しかしそれでもネルガルは受け入れられなかった。その要因は、シャマシュの存在だった。シャマシュはネルガルが傭兵として最前線で戦っていたときに後ろで指揮していたリドン騎士団の一員である。簡単にいえば身分の違いに由来する嫉妬心が邪魔をしているのだ。

「いや、仮にそうだったとしても」ネルガルは少し声が静かになった。「おれはそんな生まれつきの制約に縛られるのはまっぴらだ。おれはこれからも自由にやる。」

「ネルガルよ。それを言うならばわれわれ以外の人間はそんなに自由だろうか。人間は皆、理由も分からぬまま生れ落ち、やがて死にゆく運命に縛られているではないか。われわれも本質的にそれと同じだ。

わしはかつて賢者などと呼ばれたが、他の人間より少し知識があるに過ぎん。いくら星の動きや自然法則、魔法に精通していようとも、『それがなぜそうなっておるのか。なぜそのように存在するのか。』については全く知ることはできなかったのだ。

ただ、それを追求することはできる。幸い人間は50年もすればほとんど入れ替わってしまうほど世代交代の速い存在だ。探求をあきらめず、何代も何代も進歩を繰り返していれば、いつか辿りつける時が来るやも知れぬ。その意味でも、わしらは何も特別ではない。われわれ以外の人間でも『なぜ生まれ、何の為に生きているのか』という疑問は、心の奥底に持っているのだ。わしは、今の世代で可能なことをせいいっぱい全うする事が役目なのではないかと考えておる。」

「ふん。そんな話はあんたのかわいい弟子にでもしてやれ。おれはそんな話を聞いても『はいそうです、師匠。』とはならない。」

ヌディンムトは視線をネルガルから離し、シャマシュに移した。

「しかたがないのう、シャマシュよ。この男に支払うカネを何とかしてくれぬか。」

「カネは何とでもなるが、私はカネだけで動く男とうまくやっていけるとは思えぬ。まったく戦う動機が違うのだから。」

「ははっ!言ってくれるぜ!」ネルガルの表情が険しくなった。「おれたち傭兵団におんぶにだっこで戦争をしていた野郎のくせによ! だいたいあんた、その剣は抜けるのかい。装飾品で戦う方法を教えて欲しいもんだね!」

「言葉を慎め。私はこのときを待っておったのだ。」シャマシュは静かに言った。

「カリエス。」シャマシュは後ろに控えていた従者を呼んだ。「私は本日をもってリドン騎士の称号を返上する。」

「はっ。よくお話になられていた“時”が来たのでございますね。」カリエスと呼ばれた老人は目に涙を浮かべていた。

シャマシュは羊皮紙の束をテーブルに置き、マントについていた紋章を取り外すとカリエスに渡した。

「手はずどおりにルシア公には報告しておいてくれ。お前も長い間ご苦労であった。達者でな。」

「シャマシュ様も・・・」カリエスは言葉を詰まらせた。

「家の調度品は国に返上するつもりだったが、貨幣に替えて明日このネルガルに届けてくれ。賞金稼ぎの相場からすれば十分だろう。それでよいかな。ネルガルよ。」

ネルガルは険しい表情を崩さなかった。「ああ、いいさ!カネさえ頂ければな!だが、それはマルドック討伐の契約金だ。お前たちと一緒には行かない。」

 シャマシュはかぶりを振って静かに目を閉じた。

「頑なだのう。」ヌディンムトはネルガルを眺めた。

沈黙の時間が流れた。

 ネルガルは、シャマシュがテーブルに置いた羊皮紙に目をやった。内心、ヌディンムトの弟子が書いたというこの報告書の内容は気になっていたのだ。

「!」

ネルガルは報告書に自分が知る名を見つけた為、それを手に取ろうとした。

 しかし、羊皮紙はネルガルの手をすり抜けた。

「気になる内容だろう。だが、賞金稼ぎにこれを読ませるわけにはいかん。契約外だ。」

ヌディンムトはしてやったりという表情で羊皮紙を懐にしまい込んだ。「新しい取引といこう。明日わしらと一緒に旅立つ事を条件に、これを読ませるというのは。」

 ネルガルは苦々しい表情を浮かべ、言った。「・・・エルフに会うまでだぞ。」

「十分じゃ。」

 ヌディンムトは、ネルガルが報告書のどの部分にあれほど惹かれたのか気になったが、それを問うてもネルガルは答えないと思った。そして、憶測で想像するのもやめた。

 それは正解であった。おそらくヌディンムトが推測しても当たる事はなかっただろう。

ネルガルが惹かれたのは報告書の中では脇役に過ぎない人物、精霊使いフーレイの名だったのだ。

それは、ネルガルの血の繋がらない妹の名だった。

 

 

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