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はじめに

登場人物および地名

序章 イリアステームの杖

(1)(2)

第一章 少年戦士

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

第二章 空中庭園

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)      

第三章 邪悪なるもの

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)                 

第四章 七惑星の巫女

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

(16)(17)(18)(19)

(20)(21)           

終章 記憶の底

(1)(2)(3)(4)(5)(6)

(7)(8)(9)(10)(11)

(12)(13)(14)(15)

おわりに

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小説「七惑星の記憶」

 

第二章 空中庭園

 

(17)

 

 ヌディンムトの目の前を一本の矢が通過した。流れ矢だ。

 もう日が暮れようとしているのに、追っ手はまだ攻撃の手を休めようとしない。

 

 蛮族との戦いの翌朝、捕虜とした4人の蛮族から可能な限りの情報を引き出した後、ヌディンムトは遠くで鳴り響く角笛の音を聞いた。

 ヌディンムトには、それは蛮族が仲間を呼ぶ合図に思えた。そうなれば戦いのあったこの近辺に大量の蛮族が押し寄せるに違いない。

このとき、ある決断を迫られた。逃げるなら早い方が良いのは分かっている。ただ、ネルガルがもし蛮族の人質となっているのなら、ここで蛮族を待ち、捕虜4人と交換するという交渉も可能かも知れない。

しかし、ここは逃げた方が無難だ、とシャマシュが言った。ネルガルが蛮族に捕らえられているかどうかも不確実な上、蛮族が交渉の余地がある民族かどうかも分からない。こうした状況なら逃げるという選択肢の方がリスクは少ないという事だろう。

その場合、こちらの持ち札である4人の蛮族はどうするのか。今後、蛮族と交渉が必要なったときの事を考えると、ここに残して去るわけにはいかない。

シャマシュは冷静な分析を行った。そもそも、なぜ角笛が鳴ったのが夜明け後なのか。もし、前夜の戦いの劣勢を挽回したいのなら、このタイミングは遅すぎるのではないかと。つまり、朝になってから逃げた2人の蛮族とその助っ人であるハーフエルフに何かがあったのだ。角笛が仲間を呼ぶ合図なら、蛮族が仲間を呼ばなくてはならない事態をネルガルが引き起こした、と推測できる。

二人の出した結論は、森の中を移動しながらネルガルを捜索する、というものだった。

ヌディンムトは、4人の捕虜の様子を見に行った。角笛の音は彼らの耳にも届いていただろう。後ろ手を木に縛られた4人の蛮族の顔面は蒼白で、がたがたと震えていた。ヌディンムトの姿を見ると、後生だ、助けてくれ、と懇願した。

捕虜達がこのような命乞いをしたのは初めてだった。この反応から察するに、敵の手に落ちた者は死罪なのだろう。という事は、もともとネルガルとの交換に値する価値の命ではなかったということだ。

 ヌディンムトが昨夜と同じ魔法で4人を眠らせると、シャマシュが縛っていた縄を切った。

 

 それから丸一日、ヌディンムトとシャマシュは森を逃走している。ただし、むやみに走ってはギリアンゼルの森ではすぐに方角を見失う。ヌディンムトは知っている道、つまり元々歩いてきた道を戻る方向に進んだ。

 蛮族の追跡は熾烈なものだった。さすがにギリアンゼルの特性を知り尽くしているらしく、ヌディンムトとシャマシュはすぐに追いつかれ、遠方から矢が飛来した。敵の数も20、30人という人数で、さすがに2人で立ち向かえる数ではない。

 それでも何とか敵の手に落ちずに済んでいるのは、ヌディンムトの“先読み”の能力によるものが大きかった。“先読み”とは、逃走ルートの選択法である。例えば、目の前に丘がある場合、逃走ルートは右回り、左回り、丘越えの3ルートがある。その場合、まず敵の立場に立ち、その中から敵にとって最も被害が少なく、敵が最も短い時間で勝利できるルートを計算し、順位付けする。ヌディンムトの示す逃走ルートはその順位の低いルートから順に選択するように決められていた。

 しかし、それは敵の選ぶ確率の低いルートを選択しているだけである。繰り返し敵の選択をくぐり抜けているうちに、低い確率のルートでも当たってしまうのだ。

 ヌディンムトとシャマシュは追い詰められ、崖下の窪みに身を潜めた。

 このとき、流れ矢が目の前を通過した。そんな矢でも当たりどころが悪ければ即死するだけの毒が矢尻に塗ってある。

 窪みに身を潜め、少し落ち着いたところで、ヌディンムトの心に少しあきらめにも似た“死”という言葉が浮かんだ。

『いいや、こんなところで死なんぞ。』

 ただ、“死”という言葉からある男の最期を連想した。

『なぜあの男は・・・。』

 それは、エンリルの死である。

 ヌディンムトはエンリルと面識は無いが、弟子であるラフムとラハムの報告書にエンリルとの出会いとその人格、そして死が詳細に記述されていた。ヌディンムトは報告書の中で、何よりエンリルの死が気になっていた。

 エンリルはマルドックの陰謀を知り、それを防ぐ為にキシャルを道連れにして自らも死を選んだ。

 ヌディンムトは、理性的なエンリルの性格と感情的とも取れる彼の死にギャップを感じていた。

 それを解く鍵はラフムが握っているようだった。

 ラフムがエンリルの死を知ったとき、彼はエンリルと共通の記憶を呼び覚ました。

 それは、言葉にならない、表現のできない何かだったという。

 そしてそれを、『滅ぼせ』と記憶は指示したという。

 その記憶がエンリルとラフムにあったのなら、おそらくわれわれに共通の記憶なのだろう。

 われわれは、いったい何を滅ぼすべきなのか。

 ヌディンムトの思索はそこで途切れた。

 

「そろそろ勝負の時間だ。」

 シャマシュの声だった。彼は窪みから外の様子を伺い、敵が通り過ぎるのを待っていたのだ。

 二人は敵が向かった反対方向に逃走する事にした。

「よし、出るぞ!」

二人は同時に窪みから飛び出し、崖を駆け上がった。

駆け上がった先には3人の蛮族がいた。彼らもまた、敵の出方を“先読み”し、居残り組を配置していたのだ。

「しまった!」ヌディンムトは叫んだが、すでに遅い。

 3人の蛮族は、その場では戦おうとせず、先に行った仲間に知らせる為に走り去ろうとした。

 そのときである。空を覆うギリアンゼルの木々の間から黄色い閃光が放たれたかと思うと、赤い鎧を身にまとった男が飛び出し、3人の蛮族の前に立ちはだかった。

 男は手に持った両手剣で先頭の蛮族の首を刎ね、逃げようとしたもう一人を袈裟斬りにした。

 最後の一人は、シャマシュが仕留めた。

「ネルガルよ、さすがだの。」ヌディンムトが言った。

「言っただろう、エルフに会わせるまでがおれの仕事だと。」ネルガルは振り向いた。「案内人はそこにいる娘だ。」

 ヌディンムトの傍らには、いつの間にか、小さなハーフエルフの娘がいた。

 

 

  

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