小説「七惑星の記憶」
第一章 少年戦士
(13)
ラフムとラハムは長かった一日の事を話しながら宿に戻り、軽く食事を摂った。それだけで二人の間のわだかまりはすっかり消えていた。昔は喧嘩をしても次の日にはすっかり忘れていたな、とラフムは幼い頃を想いだした。ここ数年は喧嘩をしなくなったが、それは今でも変わらないようだ。
二人はヌディンムトへの報告書をまとめる事にした。前回の中間報告に書けなかった、グリヌフスのキシャルの住処に食糧管理表と農地面積の資料があった理由が分かったからである。
「あれは、キシャルがグリヌフスとアリア-サンの人口を比較する為に調べていたんだったね。」
「そうだけど、それよりキシャルがなぜそんな事を調べていたかを書かなければ報告書にならないよ。」
二人は報告内容を整理する為、今日判明した事実を時間の流れに沿って並べ直す作業にとりかかった。
事の始まりは今から60年前、ネポが子供時代に住んでいた洞穴に、マルドック、シャマシュ、そしてヌディンムトと名乗る幼子がやってきて、4人で暮らしていたという話だ。
「師匠、この報告を読んだらどう思うかな。」ラハムは悪戯っぽく笑った。
4人は洞穴の奥で古代神殿を発見する。神殿の壁には彼らの名前が古代の神々の名として刻まれていた。そこにはその他にもキシャル、エンリル、ラフム、ラハムをはじめとする多数の名が含まれていた。その後、ネポを除く3人は洞穴を去った。
マルドックは、魔法戦士として成長した。彼は約30年前、似たような出生を持つ魔導士キシャルを仲間に引き入れた。キシャルによると、他にも仲間が存在するらしい。彼は、古代魔法王朝の復活を目的に活動していると言った。
幼いエンリルがネポの元にやってきたのは、今から25年前の事だった。
このときネポは、古代神の名を持つ幼子が出現する年には、必ず“奈落の門”に滅ぼされる町があるという法則に気づく。ネポはグリヌフスが“門”の出現で廃墟になった10年前、アリア-サンに移り住んだ。彼は、次に“奈落の門”が出現するのはアリア-サンであると予言した。
ネポと一緒に移住した当時18歳のエンリルは、アリア-サンでサーバントとして働き始め、頭角を現すことになる。
「エンリルは、あの正義感がサーバントに合っていたんだね。」ラフムが言った。
そして、話は現在に繋がる。
数ヶ月前から、商人ヘリルはアリア-サンに滞在していた。ヘリルは勢力拡大の野望を持ち、その為には手段を選ばない男だった。エンリルはいち早くそれを察知し、ヘリルの身辺調査を始めた。しかし、ヘリルはギルド上層部と密接な関係にあった為、ギルドの一員であるエンリルはサーバントのリーダー職を解かれ、トレーナーとして謹慎生活を余儀なくされる事になった。
キシャルはマルドックの計略を実現する為、ヘリルに近づいた。表向きはヘリルに協力し、ヘリルの意に沿わない賞金稼ぎ達を罠に陥れる活動を援助していた。しかし、実際にはギルド上層部に近付く為にキシャルはヘリルを利用していたに過ぎなかった。
ラフムとラハムはヌディンムトの命を受け、グリヌフスの執政官の館の調査を行った。そこで、キシャルの罠にかかった賞金稼ぎウィルパーを助けることになる。キシャルの部屋ではグリヌフスの食糧管理表と農地面積資料を見つけた。
ウィルパーを救った事でラフムとラハムは賞金稼ぎギルドに入会を許され、新米ギルドメンバーとしてトレーナーのエンリルに出会った。そこで事の顛末を話すと、彼は盟友であるフーレイと共にヘリルの天幕の調査を行う。フーレイはキシャルからマルドックに送られたとみられる文書を伝令の鷹から入手した。その手紙には、『結界の件は、10日程度で決着がつく見込みとなりました。マルドック様はそれ以降に入られるように願います。』と書かれていた。またエンリルは、ヘリルが町に強力な結界を構築する為に魔導士を雇い入れることをギルド幹部に進言している事を知った。
ラハムはヘリルの天幕で、アリア-サンの食糧管理表と農地面積資料があるのを見つけた。おそらくキシャルの依頼でギルド幹部から手に入れたものと考えられた。また、ラフムはキシャルに遭遇し、仲間へと誘惑された。
ネポは、経験的に『“奈落の門”の出現は、町の人口と魔法結界の存在が関係している。』という事を知っていた。彼は、マルドックの計略はアリア-サンに“奈落の門”を人為的に呼び出す事であると述べた。その根拠は、グリヌフスのキシャルの部屋とヘリルの天幕で食糧管理表と農地面積資料が発見され、おそらく人口比較が行われていたこと、伝令の鷹は執政官の館でもラフムとラハムが遭遇しており、鷹が持っていた手紙の送り主はキシャルである事に間違いは無く、10日後にはアリア-サンに魔法結界を構築する計画があること、が挙げられた。
こうした事実から、アリア-サンに危機が迫っているのは間違い無い。しかし、ヘリルはギルド上層部に食い込んでおり、このことをギルドに訴えても効果は薄いという事が壁になっている。また、町の人口増加は自然の流れであり、仮にギルドの協力が得られたとしても制御するのは困難であると思われた。
報告書の最後に、師匠からの指示を希望すると書くことにした。
夜もふけた頃、何とか報告内容がまとまった。
ベッドに横になり、灯りを消した後、ぽつりとラハムが言った。
「ヌディンムト師は、グリヌフスにキシャルが居ると知ってて、僕達に調査を命じたんだろうか・・・。」
「それは分からないな。手紙に書く?」
ラハムからの返事はなかった。ラフムはラハムの気持ちが分かったのでそれ以上訊かなかった。何となく、それを知るのが怖いのだ。
ラハムはすぐに寝息を立て始めたが、ラフムは寝付けなかった。危機は10日後に迫っている。その事実が重く心にのしかかっていた。危機の背景には、キシャルによる魔法結界構築計画と商業の発達による町の人口増加があるという事は理解している。しかしキシャルはヘリルの天幕で私兵に厳重に護られており、手を出すのは難しい。人口増加に至っては、どうしたらよいのか見当もつかなかった。
自分達はこの1年、冒険者として苦しい局面も経験している。しかし『組織』や『世の中の流れ』といった、空気のように見えない敵との戦いは異質で、冒険より困難だと思った。ヌディンムトに早く指示を仰ぎたかった。しかし、手紙が往復するのには1ヶ月近くもかかる。あまりにも時間が無い。あまりにも時間が・・・。
『僕にできることは・・・。』
ラフムは、自分のすべき事が見つかったような感覚を覚えた後、深い眠りに堕ちていった。
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